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大阪地方裁判所 昭和35年(ソ)15号 決定 1960年9月28日

抗告人(仮差押債権者) 株式会社富士銀行

相手方(仮差押債務者) 大阪一磨

理由

抗告代理人は、「原決定を取消す、抗告人の本件債権仮差押命令の申請は相当であるとの裁判又は本件債権仮差押命令の申請を認容する」旨の決定を求め、次のとおり主張した。

〔仮差押申請の理由及び抗告の理由〕

一、相手方は訴外山上食品株式会社宛に別紙目録第二の(一)及び(二)の表示の約束手形各一通を振出した。

抗告人は、(一)の手形を同年三月二十五日に、(二)の手形を同年三月二十八日に受取人より何れも拒絶証書作成義務免除の特約の下に裏書譲渡を受けたので夫々支払期日に支払場所に呈示して支払を求めたところ、契約不履行の理由で支払を拒絶され、現在右各手形の所持人であつて、相手方に対し右各手形金の支払請求権を有するものである。

二、相手方は、不渡処分を回避するために、右各手形金額に相当する現金を別紙目録記載の第三債務者に預託し、第三債務者は東京手形交換所に右現金を寄託したので、事件終了の際第三債務者が手形交換所より右寄託金の返還を受けた後、相手方は第三債務者に対して右預託金の返還請求権を有するものである。

三、抗告人は、千葉市に住所を有する相手方及び大阪市に住所を有する裏書人の訴外山上食品株式会社の両名を共同被告として阿倍野簡易裁判所に対し右約束手形金請求の本案訴訟を提起し右寄託金は手形金の身代りの性質を有するので本案訴訟で勝訴の判決を得たる後転付命令を得て弁済に供するため、同裁判所に対し右各手形債権を保全するため、相手方の第三債務者に対する別紙目録第二記載の預託金返還債権の仮差押命令の申請に及んだところ、右申請は却下された。

四、右却下の理由は、「債務者は本件手形の不渡処分を回避するため手形金に相当する金額を支払場所たる株式会社千葉興業銀行を通じ東京手形交換所に提供しており右金員は本件手形債権の担保たる効用を有するものであるから仮差押をする必要はない」と言うにあるが、右却下決定は不当である。すなわち、

約束手形の振出人がその手形の支払期日に支払を拒絶した場合は手形交換所で不渡処分を受けるのであるが、本件の如く契約不履行を理由とする場合は支払場所たる銀行を通じて異議を申立て、手形金と同額の金員を手形交換所に提供すれば一応不渡処分を回避できるのである。然し右の提供金なるものは当該手形の不渡処分を回避するために提供するものであるから振出人が不渡処分を甘受する場合には提供の必要がないものであるし、又一旦手形金額を提供しても提供者が異議申立を取下げ、進んで不渡処分を甘受して提供金の返還を求める場合は手形交換所は之を返還しなければならない。更に相手方が別口の不渡処分を受けた場合も同様である。以上の如く相手方は容易に提供金を取下げ得る機会を有するのであるから、長期間に亘り本案訴訟を進行している間にこの提供金は何時取下げられて消滅するかも知れないので仮差押により確保しておく必要が有る。

原裁判所は提供金は担保の効用があるというのであるが、如何なる性質の担保であるのか明確でないから、簡単に仮差押の必要がないと割切ることは出来ない。尚、本案判決を得て執行する場合に於ても、相手方は有体動産に対する差押を受けるよりも本来その手形の身代りとして提供してある金員を以つて転付により弁済する方が却つて苦痛も少なく利益となるであろう。何れにしても原決定は不当であるからその取消を求める。

疎明

抗告代理人は甲第一乃至第三号証、疎第一号証を提出した。

理由

抗告人はその主張の約束手形二通の所持人であつて、その主張の如くそれぞれ満期に支払場所に呈示して支払を求めたが、「契約不履行」の事由で拒絶せられたことは甲第一、二号証により一応これを認めることができる。しからば抗告人がこれが振出人たる相手方に対して右手形金合計一〇万円の債権を有するものであつて、被保全権利については疏明があるものといわなければならない。

次に甲第三号証によると、相手方は右各手形の支払拒絶のため、手形交換所より取引停止処分を受けることを回避するため右各手形の支払拒絶の結果これを返還した銀行である第三債務者に右各手形金額に相当する現金を預託し、第三債務者はこれを東京手形交換所に提供して手形の不渡届に対する異議の申立をしていることが推認せられる。そして疎第一号証「東京手形交換所交換規則」第二一条によると、手形不渡による取引停止処分の猶予は交換手形の不渡による返還ありたる旨の届出に対し、その手形の返還を為したる銀行が、信用に関せざるものと認め、不渡の翌日の営業期限までに、不渡手形金額に相当する現金を提供して異議の申立を為したるときにすることになつており、同「手形不渡届に対する異議申立事務等取扱要領」によると、右異議申立提供金は、

(1)  事故解消し不渡届出銀行より「不渡処分取止め請求書」が提出された場合

(2)  別口不渡発生により取引停止処分に附された場合

(3)  事故未解決のままではあるが、取引停止処分を受けるもやむを得ないものとして提供金の返還を請求する場合

(4)  異議申立の日より満三ケ年を経過した場合

に請求があつたときは異議申立銀行に返還することになつていることが認められる。従つて不渡手形の返還銀行に現金を預託して同銀行より東京手形交換所にこれを提供の上、不渡届に対する異議申立をなさしめて取引停止処分の猶予を受けた手形の支払義務者は、同交換所に対して直接には右提供金の返還請求権を有するものではないが、右銀行が前記の手続により右交換所より右提供金の返還を受けたときは、右銀行に対して預託金の返還を求めることができるものであつて、手形の支払義務者に対する債権者(当該手形債権者に限らない)は右預託金返還の債権を強制執行の対象とすることができるものと解せられる。しかしながら、東京手形交換所はもちろん右銀行も特別の契約がない限り右提供に係る預託を以て手形の支払に充当する権限も義務もないものであるから、右預託金が提供せられていることは不渡手形の支払を担保するものでないことは抗告人主張のとおりである。

しかしながら、仮差押は、これを為さざれば判決の執行を為すこと能わず又は判決の執行を為すに著しき困難を生ずる恐あるときに限り許されるところであるが、本件仮差押の申請において抗告人は前記の各事実を肯定できる疏明資料の外に何等の証拠を提出していないのである。そして約束手形の振出人たる相手方が手形金の支払義務を争いこれが支払を拒絶したということも、又取引停止処分を回避するため預託金を提供したということも仮差押の必要性を肯定するものではない。もつとも、保全の必要あることにつき疏明がないときも保証を立てさせて仮差押を命ずることができるが、裁判所が自由なる意見により保証を以て疏明に代えることが適当でないと考えるときは仮差押の申請を却下することができるのである。

しからば、仮差押の理由あることにつき疏明がなく、又保証を以て疏明に代えて仮差押を命ずることを不適当として本件仮差押の申請を却下した原決定は相当であるから、本件抗告を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 前田覚郎 斎藤平伍 石垣光雄)

目録

第一、第三債務者の表示

千葉県千葉市本千葉町壱壱壱番地

株式会社千葉興業銀行

右代表者代表取締役児島健爾

第二、仮りに差押うべき債権の種類及び数額

(一) 金五万円也

但し相手方が第三債務者に対し左記の手形不渡処分回避のため預託し、第三債務者が東京手形交換所より寄託金の返還を受けた際に行使し得る相手方の第三債務者に対し有する預託金返還請求権

手形の表示

種類 約束手形

金額 五万円

支払期日 昭和三十五年六月十五日

振出日 昭和三十五年二月二十日

支払地、振出地 千葉市

支払場所 株式会社千葉興業銀行

振出人 相手方

受取人、裏書人 山上食品株式会社

(二) 金五万円也

但し相手方が第三債務者に対し左記の手形不渡処分回避のため預託し第三債務者が東京手形交換所より寄託金の返還を受けた際に行使し得る相手方の第三債務者に対して有する預託金返還請求権

手形の表示

種類 約束手形

金額 五万円

支払期日 昭和三十五年六月二十七日

振出日 昭和三十五年三月二十五日

支払地、振出地 千葉市

支払場所 株式会社千葉興業銀行

振出人 相手方

受取人、裏書人 山上食品株式会社

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